工房ぐるり

工房ぐるり

長野県大町市。立山黒部アルペンルートの長野県側の玄関口と知られ、江戸時代には千国街道の宿場町(大町宿)として栄えた。かつて大町宿は千国街道の中心地で、塩や海産物の問屋の他、この地で栽培が盛んだった煙草や麻の集散地でもあった。

ここ大町市の北東部、市街地から少し離れた山間に、美麻(みあさ)という地区がある。美麻の名の通り、かつては麻の栽培が盛んで、良質な麻製品が生産されていた。秋になれば山の木々が一斉に燃えるように色づき、続く冬には、威容を誇る北アルプスが目に美しい。木工作家の相澤和寿氏・佳子氏夫妻は、ここ美麻で「工房ぐるり」を営む。

木工を始めたきっかけ

工房ぐるりでは、食器やカッティングボード、家具を中心とした、暮らしのまわりにある日用品を制作・販売している。相澤夫妻は、長野県上松町(あげまつまち)にある上松技術専門校で木工の基礎を学んだ。

佳子氏「私は昔からインテリアに興味があって、高校のときから木工をやりたいと思っていました。自分の好きな家具を作りたいという思いで美術大学に入って、木工のデザインを専攻しました。卒業後は東京の家具製作会社に入社して、割と大きな家具を作っていたのですが、ハードワークもあり体調を崩してしまいました。

それが転機となり、『ほそぼそとでも良いから木工を続けたい。自分の手でこつこつと、手道具を使って作れるようになりたい』と考えるようになりました。私は大学で木工専攻だったものの、デザイン重視だったこともあって、カンナやノミなどの道具の使い方を身に着けていませんでした。でも、自分の手でものを作れるようになるために必要なことだったので、一から学びなおそうと、上松の学校に行ったんです。」

和寿氏「私は20代前半に海外を放浪していた時期があったんですが、木工というかものづくりに興味をもったきっかけは東南アジアでした。東南アジア諸国を巡っていて深く印象に残ったことの一つが、生活に必要なものは『自分の手で作るのが当たり前』という暮らしです。日本では、生活に必要なものはお金で『買う』のが当たり前で、自分の手でものを作ったり生み出すことはほとんどありませんでした。東南アジアの国々でそれを目の当たりにして、ものを作り出せるって素敵なことだと思ったんです。」

林業家から購入する丸太を削り出して作るマグカップ。

百年生きた木で百年使えるものを

工房ぐるりの作品には、ふしぎな親しみがある。新しく買ってきたものでも、まるで前から我が家の食器の一部だったかのような表情をしているのだ。木製のカトラリーは、近年、量販店でも安価に買い求められるほどにコモディティ化しているが、工房ぐるりのカトラリーは、そういったものとは明らかに違う。このちがいは一体どこから来るのだろうか。

和寿氏「木工品って、最近は"スタイリッシュ、きれいなもの"として人気があると思うのですが、僕らが大切にしているのはスタイリッシュなことよりも『自然のままの魅力を残して表現する』ということです。自然からの材料を使って作るのが木工だから。自然には一つとして同じ形の枝なんかなくて、当然、一つ一つちがいます。量産ではまずできないやり方ですが、だからこそ僕らの木工の意味があると思っています。百年生きた木で、百年使えるものを作れたら、こんなに喜ばしいことはないと思います。

あとは、できるだけ地元に近い木を使いたいという思いもあります。家具だと大きさや強度の面で難しいところもあるのですが、食器などの小物類に使うのは、なるべく地元の材料を使うようにしています。今、林業の担い手不足が話題になっていますが、この辺りは若手の林業家さんも少なくなく、そういった方々が林業を盛り上げています。そういう中で、僕らは作家という立場から『地元の木を使うことの意味』を発信していきたいと思っています。」

地元の木の一つであるシラカバの枝。樹皮だけでなく木の色目もやさしい白さが特長だが、家具に使われることはほとんどないという。

この木がどこから来たか

『地元の木を使うこと』をモットーの一つに置いている工房ぐるりでは、制作に使用する材料を、地元の林業家から直接購入している。例えばマグカップは、林業家が山から切り出した丸太を短くしたものから削り出して制作する。

和寿氏「美麻に移住する前は、地元・静岡の家具工房で働いていましたが、そのときと今とでは、同じ木工をやっていますが感覚がまるで違います。以前は会社勤めだったからというのもあるかもしれませんが、材料が板としてやって来てそこから作るっていうのと、自然に生えていた木から加工するっていうのとでは、思いも感覚も全然違うんです。」

佳子氏「私も東京で働いていたときは、家具の材料として板材がそこにあるだけで、その木がどうやって板材になったのかまでを知ることはありませんでした。作り手の私ですら知らないのだから、当然、お客様だって素材としての木から、家具として手に届くまでの流れを意識するはずがありません。本当は一連の流れがあるのに、分断されてしまっていることに違和感がありました。

今は、林業家の方から直接材料を買わせてもらっているので、私たちの手元に届くのは、つい先ほどまで山に生えていた、切りたてほやほやの木です。切って間もない木は、水分を多く含むので、加工するには水分を飛ばす必要がありますが、この乾燥作業は自分たちで行います。乾燥もなかなか難しくて、途中でヒビが割れてしまったり、完成品にお湯を入れた途端ヒビが入ってしまったりなど、苦労することも少なくありません。でも、素材を切る人から、加工する人、それを使う人までがつながれるようなものを作れたらいいなという思いが強くて、それが私たちの制作スタイルの根幹を成しています。」

素材の作り手と道具の作り手を巡る「ぐるり」

和寿氏「僕らが林業事業者さんから買う量は、彼らの大口のお客様である材木屋さんへの販売や燃料材としての販売から比べたら微々たるもので、利益を考えれば圧倒的に材木屋さんに売った方が効率的です。でも、大口のお客さんがまず扱わない、捨てちゃうような材料というのがあって、僕らはそういうものを買わせてもらって作品にしているので、そういう点で林業の方々も喜んでくれています。微々たるものだとしても、僕らが直接林業家さんとつながって形になるものを作れば、林業の方にも還元できることが少なからずあるのかもしれません。

木工をやっている人にもいろんな考え方があって当然ですが、僕らは『ここでやってる意味』にこだわりたいと思っています。そう考えると、なるべく地元の素材を使いたい。外国には日本にはないような真っ黒な色の木があったりして、それでテーブルを作りたいという作家さんもおられると思いますが、同時に、僕らのような考えで木工をやる人が増えれば、林業事業者さんも、いろんなやり方ができるようになるかもしれないと思っています。そういう意味でも『循環』、ぐるり巡っているのだと、最近思うことがあります。」

工房ぐるり
長野県大町市美麻14346
Webサイト:http://www.kobogururi.com
Facebook: https://facebook.com/koubougururi/
Instagram: http://www.instagram.com/gururiaizawa/

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