月日堂製パン(がっぴどうせいぱん)は、安曇野市穂高有明の森の中にある。丸い大きなカンパーニュなどハード系のパンを中心に、アップルパイやクロワッサンなどのパンを手作りの薪窯で焼いている。
はじめて月日堂製パンのブリオッシュ(ブリオッシュ・ペイザンヌ:農夫のブリオッシュ)を食べたときの衝撃が忘れられない。口にするとほのかな酸味を感じて、噛みしめるほどにだんだんと麦の旨みや甘さ、複雑な味わいが広がっていく。
想像していたブリオッシュと違ったし、今までに味わったことのない味わいで、しみじみと「なんて美味しいパンだろう」と思った。
月日堂製パンの店主・大野田哲朗さんに、パン作りへの想いやこだわりを伺った。
月日堂製パンをオープンするまで
生まれは松本で、大学から京都に行きました。
就職活動の時期になって、接客や飲食の仕事がいいかなと考え始めて、その中でも「パンは好きだな」と思ったんです。祖父がパン職人だったので、その影響もあるかもしれません。
パン屋の仕事はハードなイメージがあったので、就職したはいいけれど辛くて続けられないというのは嫌で、3回生の秋から街のパン屋でアルバイトを始めました。
アルバイト先のお店の社員の方に、パン屋になるにはどうしたら良いかと相談したときに「個人店はいつでも入れるけど、新卒は今しかないから、せっかくだったら新卒採用をしているパン屋に応募してみたら?」と言われ、確かにそうだなと思って全国に店舗を展開しているパンの製造・販売の会社に就職しました。
主に西日本の店舗に勤務して、その会社には最終的に18年勤めたんですが、そろそろ自分でお店をやりたいと思って退職して地元に戻り、2020年の秋に月日堂をオープンしました。
「捨てないパン作り」との出会い
会社を退職してから、広島にある「Boulangerie deRien(ブーランジェリードリアン)」という薪窯のパン屋さんで研修をさせてもらったのですが、いま僕がやっているパン作りのスタイルや考え方は、ドリアンでの経験がベースにあります。
以前勤めていた会社では、焼きたてのフランスパンを売りにしていたのですが、「焼きたて」って結構大変なんです。例えば、1回の焼成で最大12本焼けるとしたら、6本を2回に分けて焼くんです。そうすると2回焼きたてを提供できることになる。
でも、仕込みや焼成にかかるエネルギーもまた2倍になりますし、焼きたてを並べると、そうでない商品、つまり前に焼いた分は手に取られづらくなって、売れなければ結局捨てることになってしまう。
そのときは『焼きたてを提供する』というのが会社の方針でしたし、それが当たり前だと思っていたのですが、会社から離れて改めて振り返ってみると、事実、ものすごい量のパンを捨てていたなと思います。
でも、ドリアンでは捨てないんですよ、パンを。
もちろん、売れなかったら捨てることになってしまいますが、日持ちするパンですしお客さんがついているから、買ってもらえる。
昔はドリアンでも、菓子パンやサンドイッチなど、色んな種類のパンを販売していたそうですが、やっぱり売れないパンは捨てることになっていて、それをやめにしたいという思いがあって、長期間食べられるものだけに絞ったということでした。
材料にこだわって、時間をかけずに美味しいパンを作る
ドリアンの店主の田村さんがヨーロッパへ製パンの研修に行ったときのことを話してくれたのですが、そこで学んだのは『時間をかけないシンプルな方法でも、美味しいパンは作れる。そのためにはとにかく材料にこだわること。最高の素材が美味しいパン作りには欠かせない』ということだったそうです。
月日堂のパンは、長野県産の材料を使うようにしています。長野は小麦を栽培している農家さんも多いですし、牛乳や卵など、質の良い材料が地元で手に入るのも良いところです。
小麦は県内の複数の農家さんから仕入れさせてもらっています。上田市の「なつみ農園」さんからはユメアサヒとシラネコムギを、青木村の「Yoshitomo」さんからは夢かおりを、麻績村の「ふたごや農園」さんからはスペルト小麦を、ご近所の三澤さんからはライ麦をと、原麦で仕入れて、店の石臼で挽いて粉にしています。
小麦の外皮の部分にはミネラルやビタミンが多く含まれているので、麦の粒丸ごと石臼で挽いた全粒粉は、香りも良く味も濃くなるんです。
月日堂製パンのパンは酸味が特長ですが、これは「ルヴァン種」が生み出すものです。ルヴァン種は、小麦とライ麦に水を混ぜて作ったもので、麦に元々ついている野生の酵母菌の他に、乳酸菌や酢酸菌がたくさんいて、焼けたパンに残る酸が日持ちに繋がります。
常温で置いておいても、うまく保存すれば冬場であれば2週間以上、夏でも1週間はもちますから、少しずつ食べていっても、捨てることなく食べきれます。また、味もイースト発酵だけのパンと比べると複雑な味になるのも特徴です。
パンを焼くエネルギーも無駄なく
ドリアンで研修を受けたことで、僕のパン作りへの考え方がまるで変わりました。いまでも自分の中でもっとも大きなテーマは『捨てないパン作り』です。
材料にこだわって日持ちするパンを作れば、店舗でも捨てないし、お客さんのお宅でも捨てることはなくなる。そういうことが、うちだけでなくどこのお店でも当たり前になればいいなと思います。
そして『捨てないパン作り』を何のためにやるかというと、売上や利益率という側面ももちろんありますが、もっと根源的に、限られた資源を無駄なく使いたいという思いがあるんです。そういう意味では、パンを焼くことにかかるエネルギーも意識するようになりました。
月日堂製パンのパン焼き窯は『フランス式の薪窯』と呼ばれるもので、現在は広葉樹の薪を使っています。ですが最近、様々な事情で広葉樹の薪が入手しづらい状況があって。
一般的にスギやマツなどの針葉樹の薪は、火をつけたときにススが出やすかったり一気に高温になってしまったりと、あまりパン焼きには向いていないと言われるのですが、この地域の資源である針葉樹の薪も少しずつ混ぜて使っていけたらと思って試しています。
あとはパンを焼く回数を減らしても良いかもしれないとも思います。ある程度の量をまとめて焼いた方が実は良いパンが焼けるということもありますし、使用する資源(薪)も少なくて済みます。18年勤めていた会社の方針と真逆の考え方ですけどね。
今後は、将来パン職人になりたいと思っている方や、パン職人として独立を目指している方のサポートもしていきたいと思っています。
ドリアンで学ばせてもらったこと、今自分がパン屋として独立してやっていけていることへの恩返しの意味も込めて、パン職人を志す方へ自分のパン作りやその考え方を伝えていくことで、結果として『捨てないパン作り』がどこのパン屋でも当たり前になればとても嬉しいですね。
月日堂製パン
長野県安曇野市穂高有明877-69
http://gappido.com/