村山人形店

村山人形店

松本の中心部には、城下町の面影を残すいくつかの通りがある。四柱神社脇の縄手通り、蔵が立ち並ぶ中町通り、かつて役場のあった上土通り。高砂通りもその一つで、通りに沿って小さな小さな川が走り、人形屋が軒を連ねる。村山人形店は、高砂通りに店を構える節句人形専門店だ

甘味処から人形屋へ

松本はかつて、押し絵雛という雛人形が特産品の一つだった。よく見る立体的なお雛様とは異なり、型紙の上に綿を敷き、その上から布を被せて縫うという「押し絵」の技法を用いた雛人形だ。この押し絵雛の販売店は、古くは江戸時代から松本城下にいくつかあり、一度は途絶えたがその技術は復活され、今でも高砂通り周辺には伝統的に押し絵雛を扱うお店が残っている。

今では人形屋が軒を連ねる路地として知られている高砂通りだが、元々は現在の松本パルコのある土地にあった生安寺(しょうあんじ)*の参道で『生安寺小路』と呼ばれ、小路を走る榛の木川(はんのきがわ)の清水を利用して、豆腐屋、蕎麦屋、茶屋が軒を連ねていたそうだ。先々代が村山人形店を創業したのは、昭和21年(1946年)。それ以前は生安寺小路で餅を作って売っていたと、現在の店主・村山謙介氏は語る。* 生安寺は現在、松本市市蟻ケ崎に移転。

「年末年始になると、お寺や神社の参道に、ダルマやお神酒の口、注連縄なんかを売っている露店が並ぶ光景を見たことがあると思います。江戸時代の生安寺小路もそんなイメージで、時期になるとお雛様を販売する露店が現れ、「雛市」が立つようになりました。雛市の露店はやがて、1960~70年代の高度経済成長期に合せて専門店化していき、元は甘味処だった当店も、節句人形専門店として店を構えるに至ったと聞いています。いつしか生安寺小路は『おめでたい商品を扱う』店が多いことから高砂通りと呼ばれるようになり、最盛期には、20軒近くの人形屋があったという記録も残っています。」

節句人形専門店としてのこだわり

雛人形といえば、金の屏風を前にした男雛と女雛、三人官女、五人囃子...の絢爛豪華な7段のお雛様を想起することが多いのではないだろうか。最初からそういうセットの商品として、大きな人形屋さんの広い店内に並べられた商品の中から、買い求めるものだと思っていた。村山人形店は違う。雛人形のサイズ、装束の生地 (裂地)  の色目、屏風に至るまでをお客様に選んでいただいて雛人形を制作するという、日本で唯一、京都・名古屋の職人と手前みその人形製作を含めた3種類のオーダーメイドの雛人形を販売している。

伝統的な雛人形の制作は一人の職人で完結するわけではなく、工程が細分化され、それぞれに技術を極めた職人がいる。人形の表情である「面相」を描く職人、髪を結う職人、装束の生地を作る職人、装束を仕立てる職人、それを着せる職人。村山人形店の店頭に並ぶのは、全国各地の人形職人たちが細部までこだわって丁寧に仕上げた作品だ。

「確かな技術を持つ職人さんと協力することで、本当に質の良い雛人形の、オーダーメイドでのご提案を実現しています。こだわりの人形を仕入れて売るだけであればもっと簡単に出来ますが、私たちはそうではなく、お客様のお住まいや人形を置く空間の間取りを伺って人形のサイズを決めたり、人形の顔の雰囲気や生地の色目などのお好みを伺いながら、装束や絵柄を決め、お客様の理想やニーズに合ったお雛様をご提案するように努めています。」

装束の生地は、安曇野の染織作家・大月俊幸氏のもの。国産生糸と植物染料を使用した大月氏の染織物は、知る人ぞ知る銘品だ。

村山謙介氏が人形店を事業として承継したのは2015年のこと。雛人形のオーダーメイドは以前から行っていたが、2018年から新たに、パターンオーダーの商品に限り、インターネットを通じたオーダーメイド販売を開始した。現在はそれに加え、ビデオチャットアプリを利用したリモート接客システムを構築中だ。

「店頭での受け付けだけでは遠方のお客様にとっては不便だと思ったのが、Webオーダーメイドをやろうと思ったきっかけです。現在構築しているリモート接客システムを使えば、親御さんだけでなく、ご来店の叶わないおばあちゃん、おじいちゃんのご要望も伺った上でご提案ができるので、より一層、家族全員で楽しめるお節句にしていただけるのではないかなと思っています。」

皇后陛下が即位礼正殿の儀でまとった装束を再現した女雛。人気が高い。

伝統の七夕人形のリデザイン

松本では七夕になると、この地域に古くから伝わる男女一対の七夕人形を飾る風習がある。七夕人形の謂われは、疫病退散への願いである。現代とは違って公衆衛生の整っていなかった時代、雨の多い七夕の頃は病気が流行しやすかった。この時期、子どもの成長や健康を願って家の軒先に吊るしたのが、七夕人形だ。この七夕人形、松本ならではの伝統的な風習だが、切れ長の目に真一文字に結んだ口の、無表情な面相の人形が一斉に軒先に吊るされている光景は、初見の観光客などには少しぎょっとするものでもある。

村山人形店の七夕人形にはユーモアがある。この七夕人形に着せる服を、同じく松本で130年余の歴史を持つ和洋菓子店「開運堂」の包装紙で作ったのだ。道祖神のあしらわれた素朴な開運堂の包装紙は、松本エリアに住む人であれば一度は目にしたことがあるのではないか。その包装紙を着物にするとは、なんて粋な発想だろう。

「松本の民芸運動のスーパースターである丸山太郎さんや、三代澤本寿さんが制作した包装紙が、今もなお商店でさりげなく使われていて、目立たぬところですごくおしゃれなんです。それを人形に着せたら面白かろうというアイディアで製作を始めました。人形には松本近辺で採れた木曽ヒノキの天然木を使用して、これに表情をあしらい仕上げています。」

七夕人形は、自宅で親子で楽しめるようにと、地元デザイナーと協力してペーパークラフトキットも製作した。人形に着せる服の柄には、すいかや菊といった昔ながらのモチーフの他、今年は疫病退散を象徴する妖怪・アマビエがあしらわれたものも新たに加わった。このペーパークラフトや木曽ヒノキの天然木を使った七夕人形はコンパクトで、ポップなあるいは洗練されたデザインに仕上がっており、現代の生活様式や若い世代の住まいにもすっと調和する。

変わらぬもの、変えていくもの

オーダーメイド雛人形や、七夕人形のリデザイン。今では当たり前になっているが、人形の販売に包装紙を使用したのは、先々代が先駆けだったそうだ。その他にも小型飛行機による宣伝広告など、創業当初から村山人形店は常に新しいユニークな取り組みを続けているが、その根底にあるのは、お節句のひとときを家族全員で楽しんでほしいという思いだ。

「節句人形は元々、子どもを病気や死から守るための身代わりとして作られたものですが、医療技術が普及した現代においても、節句人形に込める子どもの健やかな成長への願いというのは変わらないと思います。お雛様や五月人形の先に、子どもたちの元気な声が聞こえ、家族の笑顔が見える。お子さんと一緒に、ご家族全員が楽しいお節句のひとときを過ごせる、そのお手伝いができたら良いなと思っています。そのために出来ることであれば、新しいチャレンジも積極的にしていきたいですね。」

村山人形店
長野県松本市中央2丁目5番地32号
電話:0263-32-1770
営業時間:9時30分~18時30分
定休日:12月~5月初旬、6月中旬~8月16日は無休 ※その他は不定休
Webサイト:https://murayama-ningyo.jp/

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