コロナ禍で家庭菜園を始めたり、ベランダでプランター栽培を始めたという人が増えたと聞く。
今やスーパーやオンラインでもいろんな品目、品種のタネを買うことができるが、このタネがどうやって作られているか、もっと言えば、新しい品種がどのように開発されるか、考えてみたことがあるだろうか?
松本市波田にある、公益財団法人自然農法国際研究開発センター(以下、自然農法センター)では、農薬や化学肥料を使わない「自然農法」での作物栽培の研究開発や品種育成(育種)事業を行っている。
品種育成や自然農法について、育種課の原田晃伸さんにお話を伺った。
自然農法とは
「農薬や化学肥料を使わない農法といっても、有機栽培、自然農、自然栽培など、いろんな呼び方や定義があり、何が違うの?と思われる方も多いでしょう。
例えば、"耕さず、草も刈らず、自然に一切をまかせる" ことを是とする、いわゆる自然農と対比するとイメージを持ってもらいやすいかと思います。
私たちが是とするのは、作物が健康に育つことです。そのために人間が手を加えるのが農であり、その中で自然環境になるべく負荷をかけない方法を模索するのが、私たちの行う自然農法です。人間も自然の一部と捉えています。」
私はこの考え方がとても好きだ。確かに、過度の市場競争が地球環境の破壊を招いている側面は否定できない。ただ、それも自然の一部たる人間の営みであり、今さらすべてを捨てて狩猟採集時代を目指して皆が一斉に時代を逆行することはできない(個人の生き方として狩猟採集を選択するのはアリだとしても)。
けれど、バランスをとることはできる。
全世界で人口が減少していくこれからの時代において、自然農法は合理的な手法であると思う。
自然農法の品種育成
自然農法センターが育種を始めたのは今から約30年前。「かちわり」という貯蔵性が高く味の良いカボチャ品種の育成から始まった。
2021年現在では、キュウリやトマト、ナス、ニンジン、レタスなど、計67品種を公表・頒布(≒販売)している。
品種の育成から生産、頒布までを自然農法で行っている団体は他に類を見ない。
「私たちが目指しているのは、自然農法に適した品種の育成・開発です。
『自然農法に適する』というのは、例えば病害虫や乾燥に強いとか、少ない肥料でもよく育つとかいくつか条件がありますが、それに加えて、開発の目標ごとに耐病性や栄養性といった市場の動向や消費者ニーズも踏まえて育種のテーマを決めます。
育種の進め方を簡単に説明すると、開発目標の素材となる市販の品種や固定種、在来種などさまざまなタネを無肥料・無農薬で栽培します。栽培した中から、上記の条件(少肥で良く育つ、病気になりにくい等)や開発テーマを満たす系統を選抜していくという手順です。
一つ分かりやすい例をご紹介しましょう。現在取り組んでいる開発テーマの一つに『黒あざ果の出にくいシシトウ品種の育成』があります。
黒あざ果とは、表面に黒いあざのような斑点が出ている実のことを言い、黒あざの成分はアントシアニン色素なので食べても害はありません。ただ、見た目に美しくないということで、黒あざが出にくい品種を作ろうというのが育成の目標です。
選抜は1回(1世代)で終わるわけではなく、何回も繰り返し行います。黒あざの少ない個体をマークして、マークした個体をさまざまな組合せで交配を行い、タネを採ります(採種)。
翌年そのタネをまいて栽培し、前年と同じように黒あざ果の少ない個体を選抜→採種というのを繰り返すことで、少しずつ黒あざ果の発生が少ない品種が出来てきます。
テーマにもよりますが、少なくとも6~7世代は選抜を行い、十分に開発テーマを満たすまで選抜が出来たと判断したら、栽培条件の異なる畑で収量や品質、栽培適性を調査します。
更に採種性や雄雌の組合せを検討の上、少量の種子生産を行い、当法人の種子ユーザーさんにまず限定で頒布し、購入状況を見て採種量を増やしていきます。
開発テーマの決定からここに至るまでに大体10年はかかります。」
育種・品種開発とは、非常に息の長い仕事である。自農センターのみならず、営利法人の種苗会社でも同じくらい時間はかかるという。
今やスーパーや百均でも手軽に買うことのできる野菜や花のタネは、このような長い時間をかけて開発されたものなのだ。
自然農法センターの育種法
「慣行栽培であっても有機栽培であっても育種における農業上の重要な特性は、環境の影響を受けやすいです。
『自然農法の種子』は有機物を微生物や土壌動物によって分解された養分を作物が吸収する環境のなかで育成された品種です。そのため、肥料の条件というよりも畑の環境をどうするかということが重要です。
そうした環境に適応するための遺伝子の発現頻度を高めることによって、自然農法に適した品種ができると考えるからです。
例えば、品種としての強さという点で耐病性がありますが、単に耐病性を強化すればすべて解決するかというとそうではありません。耐病性は必要な要素の一つですが、樹勢や環境への適応力といった総合的な強さが求められると考えています。
そうした総合的な強さを引き出すために、自然農法の育種は、無農薬はもちろんのこと、なるべく肥料もやらずに『物質の循環』を生かした環境で栽培します。
物質の循環というと抽象的ですが、例えば、一つの畝で果菜類(トマトやナスなど)→ムギ→果菜類の輪作を行ったり、その輪作を畝をずらして行ったり(交互作)しています。
また、畝と畝の間にクローバーやイネ科の植物(緑肥)を植えた草生帯(そうせいたい)を作り、その草を適宜刈って果菜類の畝に敷きます。
その草はゆっくりと作物の養分となり、そうした、草生帯を含めた環境が作物を荒らす害虫の天敵昆虫の住み処にもなります。
こうした畑のなかで生み出される養分を雑草や草生の緑肥との競争刺激によって作物の潜在能力を引き出そうとしています。
このような自然の生態系を生かすことで、農薬や化学肥料などを投入しなくても、作物は健康に生育します。
私たちのこだわりと言えば、そういったことを可能にする環境づくりということになるかなと思いますね。」
私は2017年に、原田さんのもとで8か月間自家採種の研修を受けた。
3月にセンターへ来て、まず育苗のお手伝いをさせてもらった。5月の連休前後には夏野菜の苗が出来上がるのだが、原田さんの育てた苗は見るからに健やかで、美しかった。
「育種に限ったことではありませんが、農において重要なことの一つに、いかに植物と対話できるかということが挙げられると思います。
植物相手に言葉でコミュニケーションはできませんから、相手の状態や周りの環境をよく見ることが必要になります。
私には育種の師匠と呼ぶべき方がいまして、対照的なお二方でしたが、植物との対話が非常にうまかった。だから若い頃はとにかく、師匠たちの会話の一言一句をメモしていましたね。
そのとき、ただ単にメモするだけでなく、それを自分なりに解釈して自分の表現に変えるという作業を繰り返しやっていた気がします。
育種の基本は『個性を生かす』こと。
生き物の命には必ず限りがあります。作物一つ一つの個体は、タネから発芽し、生長し、実をつけタネを残し、朽ちていく。
植物は『タネ』という形で命を繋ぎ、個体の特徴、すなわち個性を継承していて、その個性の生かし方を考えるというのが、育種のベースにある考え方だと思います。」
これからのチャレンジ
自然農法センターでは、20年以上、自然農法を学び実践したい人のための研修を行っている。
研修事業はコロナ禍により現在は中止しているものの、自然農法の情報発信という意味では、地域に自然農法が根付くための活動に、今後は力を入れていきたいという。
「有機栽培を実践・希望する人への技術支援や有機栽培に適した自然のタネの開発・販売はもちろんのこと、今後は『農』を基にした持続可能な地域社会づくりに積極的に取り組んでいきたいと考えています。
学校給食で自然農法のお米を供給するための水稲技術指導や、保育園への農産物の供給など、地域との交流に積極的に取り組み、地域に自然農法が根付くためのタネを播いています。
加えて、SNSやWebでも、自然農法の種子の魅力をどんどん発信していきたいですね。」
公益財団法人自然農法国際研究開発センター
松本市波田5632-1
https://www.infrc.or.jp/
自然のタネで笑顔とミライをつなぐ『ミライタネ』
https://www.miraitane.jp/
ECサイト『自然のタネ』
https://shizentane.jp/