アトリエ灯|自然に内在する美しさを形に

アトリエ灯|自然に内在する美しさを形に

あるお店で不思議な形の匙を見かけた。取っ手の部分が直線でなく、木の枝のように湾曲している。しかし丁寧に磨き上げられていて、手に取ってみると、軽やかですっと馴染む心地好い触感。安曇野市・穂高にある工房「アトリエ 灯(ひ)」の代表、貝山伊文紀氏の作品だ。貝山氏は、木材を生産する工程で捨てられてしまう枝の部分を利用して、匙やしゃもじといったキッチン道具、吊るして飾るモビール等の作品を制作している。

枝に注目したきっかけ

貝山氏は作家として独立する以前、木製家具を製造販売する会社に勤めていた。そこでの経験が、現在の制作スタイルの原点になったという。

「木製家具の原材料である木材は、伐採した木の幹の部分をスライスして作られます。幹の中心部は使えませんが、その周囲から採れる『板材』は利用価値が高く、高級家具にも利用されます。その生産工程で利用価値のないものとして見捨てられているもの、それが枝の部分です。枝は細いし、基本的に曲がっているので、家具作りにはまず使えません。そういった使われない枝を活用したものづくりができないかと考えたのが、今の制作スタイルの原点です。」

日本はその国土のおよそ67%を森林が占める森林大国だが、この森林の約4割は、戦後に作られた人工林である。戦後の復興による木材需要の急増に伴い、元々は広葉樹からなる雑木林に、スギやヒノキ、アカマツやカラマツといった針葉樹を植える「造林」を政府は推進した。

「戦後に植えられたスギは今、伐採適齢期、つまり木を切るべき時期にきています。でも、今や木を切る人がいない。林業は儲からないということで、担い手が圧倒的に少なくなっているからです。木を切って、山が元あった姿、つまり広葉樹林に戻す。広葉樹林の里山は、人間と奥山との境界となり、これを維持することは自然との共存に繋がる。そうやって本来あるべき姿に戻る時期に差し掛かっています。そこで木製家具を作る自分に出来ることは何かと考えて辿り着いたのが、『どうやって余剰した細い枝を使うか?』というテーマでした。」

「自然な姿を生かすこと」と「造形」のバランス

貝山氏の匙を初めて見たとき、その不思議な造形に興味をひかれるとともに「この匙はどうやって使うのだろう?」と思った。木の匙は我が家にもいくつかあるが、どの匙も取っ手はまっすぐできている。道具としての用に供するには、匙の取っ手はまっすぐの方が使いやすいのではないか。

「木の自然な形を生かそうとすると、必然的にある程度造形が決まってきます。枝の生え方やカーブの仕方によって、例えば匙であれば、取手が右利き用か、左利き用かに別れますし、使う枝によってどんな道具が出来上がるかも、ある程度決まっている部分もあります。私の作品をご覧になったお客様からも『どうやって使うの?』『用途はなに?』と聞かれることがありますが、私の作品は、私がモノに対して施す力が半分。もう半分はそれを使う方の使い手の想像力やアイディアがあって成立するものであるように思います。」

「枝の形を生かすので、大きさや形は一つとして同じものがありません。例えば先天的に、あるいは事故に遭われるなどして手首が曲げられない方にとっては、取っ手の部分が曲がっているものの方が使いやすかったりすることもある。ユニバーサルな道具として、喜んでいただくこともあります。」

ご近所の方にいただいたというユーカリの木。枝の生え方を見て、その形状を生かすための造形を考える。

自然に内在する美しさと向き合う

「私が絶対的に美しいと思うものは、自然物です。自然物以上にきれいなものは作ろうと思っても作れない。一つ一つの枝に内在する美しさがあり、私はその美しさを表現しているのかなと思います。ものを自由に作れることだけが自分の表現とは限りません。街路樹の枝が地面に落ちているのを見ても、ほとんどの方が拾わないですよね。でも、その落ちた枝を見て『きれいだな』と思って持ち帰るという行為も、あるものを美しいと感じた自分の感覚を表現することに他ならないと思うんです。」

「日本人は昔から『見立て』が得意です。枯山水では小石を水の流れに見立て、落語では扇子を箸に見立てて蕎麦をすする。私の作品も『見立て』をして使うものかもしれませんが、これは制作工程においても使っていただく場面においても、自由です。この辺りは、海外の方のほうが、枠にとらわれずに発想しているように感じます。手に取ってすぐ『このスプーンは〇〇に使いたいわ』とおっしゃっていただいたり、ある作品は、その方にしか分からない極めて限定的な用途にどんぴしゃで『これをずっと探していた!』なんてこともありましたね。」

小枝を連ねたモビール。空中を浮遊する鳥のようにも見える。

生活を楽しむという力

見立ては自由。そう言われて思い出したことがある。もらいものの明太子を一口大に切り、何気なく、これまたもらいもののおちょこに盛ってみたら、これ以上ないほどきれいな収まりかたをしたこと。その美しさの発見があまりに嬉しくて、おちょこをくれた友人に伝えると、彼女は「器は自由だ!」と言った。以来、器を自由に使うことが、自分の中の粋な遊びになった。

「私がこの活動を始めて7年が経ちましたが、最近、スプーンなどの作品が、『生活を楽しむ』という点においてある種の役割を果たしているのかなという思いが湧いてきました。これまで仕事で忙しかった方も、新型ウイルスの影響で在宅勤務を始めて、日々の『生活』との距離が近くなった。それがきっかけで『何に時間を費やすか』が、多くの人にとって今までより重要になったように思うんです。生活に時間をかけ、楽しむ。それは何気ないことのようで、人間の持つ力だと思います。私の作品も、手に取ってくださった方の暮らしを彩る一つの道具になったら、嬉しいです。」

デザイナー: 貝山 伊文紀

東京藝術大学大学院美術研究科デザイン専攻修了。飛騨産業株式会社デザ イン室勤務を経て、パートナーの沙羅とともにアトリエ灯(ひ)を設立。 主に木を素材とした製品開発、創作活動をしている。2016年に飛騨産業株 式会社より、枝を用いた家具「kinoe」を発表。Wood Furniture Japan Award (2016)、グッドデザイン賞(2016) Cool Japan Award(2019)を受賞。

アトリエ 灯
メール kaiyama@atelier-hi.com
Webサイト:http://www.atelier-hi.com/

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1件のコメント

先日、高山市のHIDAのショールームで貝山さんの木工作品を発見、魅入られていくつかを頂きました。
枝を使った匙、しゃもじに感激し、見れば見るほど、作り方と使い方を考えていました。
自然の枝の形、幹の形を生かしながら、一つ一つの木の形を大切に、愛情込めて作っている作品に魅入られて、一つ一つを触りながら楽しませていた開きました。
ありがとうございました。
ぜひ、安曇野のアトリエにも伺いたくなっています。

岡野泰三

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